大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(ネ)2507号 判決 1964年3月30日

控訴人

杉浦健

ほか三名

代理人

渡辺邦之

被控訴人

山梨県

代理人

五味篤義

ほか一名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一、控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求はこれを棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、以下(1)(2)のとおり付加するほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  被控訴代理人は、「本件土地は、大正一一年中訴外亡若尾謹之助から私立山梨盲唖学校設立者訴外亡塚原等に対し同校の敷地として贈与され、同年一二月一〇日右等死亡による家督相続の結果訴外塚原馨の所有に帰したものである。被控訴人従来の主張中これに反する部分は右の如く訂正する。訴外若尾金造、杉浦健造、山本保ら三名の本件土地所有権取得登記は、通謀虚偽表示に基くものではなく、右三名が学校管理者たる地位を利用し、塚原馨、近藤光治ら学校職員に無断でこれを経由したにすぎない。仮りに虚偽表示であつても、亡高橋時治郎は、永年宅地建物取引業に従事しており、しかも本件土地から二〇メートルと離れない処に居住していた者であるから、本件土地が真実前記若尾金造ら三名の共有に属するものでないことは、右共有持分譲受当時十分知悉していたのであつて、いわゆる善意の第三者にあたらない。また、被控訴人は、訴外塚原馨の特定承継人であつて、包括承継人ではないから、仮りに亡時治郎が善意の第三者であつてもこれに対し虚偽表示の無効を対抗できるものと解すべきである。控訴人らの贈与、譲渡担保に関する主張は、いずれも否認する。」旨陳述し、

控訴人代理人は「訴外亡若尾謹之助は、大正一一年頃その所有にかかる本件土地を訴外塚原等に贈与し、その家督相続人訴外塚原馨において家督相続により右土地所有権を取得したものである。而して、同訴外人は大正一三年頃訴外深沢吾一に請負わせて右土地上に校舎を建築し、私立盲唖学校を経営していたが、右建築費等の負債のため校舎につき抵当権実行による競売申立を受ける事態に立到つたので、同一四年七月中校主であつた前記塚原馨及び校長であつた訴外近藤光治の両名において、学校顧問であつた訴外若尾金造、杉浦健造、山本保の三名から、右負債弁済の資金を借入れると共に右借入金の弁済担保の目的を以て、右三名に本件土地のほか前記校舎、電話加入権等を譲渡したものであつて、譲渡を受けた右三名は担保権者として本件土地を処分してその代金を前記借入金の弁済に充当し得べき約であつた。もつとも、当時本件土地の登記名義人は依然前記若尾謹之助となつていたから、右譲渡については前記塚原馨承諾のもとに、右謹之助から前記若尾金造ら三名に対しいわゆる中間省略による所有権移転登記がなされた次第である。それ故本件土地所有権は譲渡担保の目的で内外とも前記若尾金造ら三名に移転したものであつて、以後訴外塚原馨においてこれを使用貸借契約に基き使用していたにすぎない。而して同訴外人が前記借入金債務を弁済しないで推移するうち本件土地の登記簿は戦災により焼失したので、前記若尾金造、杉浦健造、山本保の各家督相続人である訴外若尾徳造、杉浦健、山本保男の三名において、昭和三〇年九月一日改めて保存登記をした上、右徳平、保男の両名から亡高橋時治郎に対し共有持分権を譲渡し、同三一年二月一一日その旨移転登記を経由したものである。

被控訴人は昭和一七年中訴外塚原馨から本件土地の贈与を受けたと主張するが、仮りにその事実があつても、その旨の登記がないから、これを以て控訴人らに対抗し得ない。

また、仮りに、訴外若尾謹之助から訴外若尾金造ら三名に対する本件土地譲渡がいわゆる通謀虚偽表示として無効であつても、控訴人みどり、同時夫、同時子ら三名の先代亡高橋時治郎は、全く善意で前記持分譲渡を受けたものであるから、その無効はこれを以て右控訴人三名に対抗し得ない。」と述べた。

(2)  <立証段階―省略>

理由

一、本件土地がもと訴外若尾謹之助の所有であつたこと及び同訴外人が大正一一年頃これを訴外塚原等に贈与し、訴外塚原馨が同年一二月一〇日(この日時は控訴人らの明らかに争わないところである。)家督相続により右土地所有権を取得したことは、いずれも当事者間に争いがない。

而して、……をそう合すると、前記訴外塚原馨は大正一三年頃本件土地上に校舎を建築し、前記塚原等から継続した私立盲唖学校を経営していたが、昭和六年四月同校は山梨県に移管され同県立山梨盲唖学校として運営されることになつたので、同年二月前記塚原馨から被控訴人山梨県に対し学敷地である本件土地及び校舎を含む学校設備一切の寄附を申入れたこと及び被控訴人山梨県は同年三月一六日県参事会の議決を経て右寄附申入を採納したことを認め得べく、以来本件土地が山梨県立盲唖学校、同県立中央児童相談所一時保護所等の各敷地として使用されて今日に至つたことは当事者間に争いのないところである。

二、ところで控訴人らは、本件土地は右寄附以前である大正一四年七月中訴外塚原馨から訴外若尾金造、同杉浦健造、同山本保の三名に対し譲渡担保の目的で譲渡された結果右三名の共有に帰したと抗争するが、この点に関する当裁判所の判断は次のとおりである。

(1)  ……によると、訴外塚原馨は、本件土地上に前記校舎を建築した後右工事請負報酬金の支払ができないため請負人から右校舎につき競売申立を受け窮境に陥たので大正一四年七月中、当時の校長近藤光治と共に、訴外若尾金造、同杉浦健造、同山本保の三名に対し、同校財産管理を委託し、その管理の方法として、(イ)同校校舎の敷地である本件土地は、右三名において同校財産管理人名義で所有権を取得しておくこと、(ロ)塚原馨名義の電話加入権は右三名協議の上処分し、その代金を同校借用金の弁済に充てること、(ハ)同校負債整理のため管理人たる右三名において立替支出した金員又は右三名名義で他から借入れた金員については、宮内省御下贈金年額三〇〇円を、大正一五年度分以降毎年右三名に引渡し、右三名において遂次これら立替金又は借用金の弁済に充当すること、(ニ)同校に対する寄附金及び同校後援会からの収入金その他臨時収入金は、すべて右三名に引渡し、右三名においてこれを前記負債弁済に充当すること、(ホ)右三名が同校維持のための費用を他から借入れ若しくは公租公課その他立替金支弁のため必要があるときには、右三名名義となつている本件土地その他を処分し、その売上金の内から差引計算をしても異議がないこと、を約定し、右約定に基き同年同月六日、前記塚原馨承諾のもとに、訴外若尾謹之助から前記若尾金造ら三名にいわゆる中間省略による所有権移転登記が行われたことを肯認することができる。

<中略>

(2)  而して、控訴人らは、前段認定の約定を以ていわゆる譲渡担保の目的にいでた所有権移転であると主張するのであるが、右約定の内容を仔細に検討すると右約定はいわゆる譲渡担保契約ではなく、むしろ私立山梨盲唖学校を受益者とする信託法上の信託契約の性質を有するものと解するのが相当である。

何故ならば、いわゆる譲渡担保契約が締結されるのは主として債権者の利益のためであるところ、前示約定によれば、前記若尾金造ら三名に対し本件土地の所有権を保有させるのは、山梨盲唖学校の財産管理人としてであることが明定されて居るのみならず(前示(イ)参照)、同人らにおいてこれを処分できる場合を、同校維持のため管理人の立場で自ら借入れた金員の弁済公租公課の支出、立替金の回収等のため必要を生じた場合に限定しているのは(前示(ホ)参照)、信託法三六条一項が定めている受託者の売却権に相当する定めをなしたものにほかならないと認められるからである。

それ故、控訴人らの譲渡担保契約成立の主張は到底これを採用し得ない。

(3)  もつとも、右約定が信託法上の信託契約にあたるとしても、所有権が受託者たる前記若尾金造ら三名に移転すべきことに変りはない。

しかし、弁論の全趣旨から見て、右三名のうち訴外若尾金造は成立に争いない甲第三九号証記載のとおり昭和一五年五月七日、訴外杉浦健造は成立に争いない同第四〇号証記載のとおり昭和八年八月一五日、訴外山本保は成立に争いない同第三八号証記載のとおり昭和三年四月一八日、それぞれ死亡したこと当事者間に争いないものと認められる本件においては、たとえ控訴人らが右信託契約の成立に基く所有権取得の主張をしたとしても(信託の登記がなくても、控訴人らからこれを主張することを妨げない。)結局これを採用するに由なきものといわざるを得ない。けだし、右信託関係は、共同受託者三名の内最後の一人である前記訴外若尾金造の死亡により、昭和一五年五月七日限り終了し、信託財産たる本件土地は委託者訴外塚原馨に復帰したものであつて、控訴人ら主張の如く前記若尾金造ら三名の各相続人においてそれぞれ本件土地共有持分を相続する余地は存しないからである(信託法二四条、四二条、五〇条、五六条参照。)。

三、なお、控訴人らは、訴外若尾謹之助と同若尾金造ら三名との間の土地売買が通謀虚偽表示として無効であるとしても、その無効は善意の第三者である訴外亡高橋時次郎の相続人(控訴人高橋みどり、同高橋時夫、同井上時子)にはこれを対抗できないと抗弁するけれども、被控訴人は右訴外人間に土地売買があつたことは勿論それが虚偽表示として無効であることを主張してはいないのみならず、前認定の事実関係によれば、訴外若尾謹之助と同若尾金造ら三名との間においては、前認定の約定(前記二の(1)参照)に伴い、いわゆる中間省略の登記手続が行われたにすぎず、通謀虚偽表示による売買が行われたわけではないこと明らかであるから、右抗弁は採用の限りでない。

四、また、控訴人らは、被控訴人が仮に訴外塚原馨の寄付を採納して本件土地の所有権を取得したとしても、その旨の登記を経ていないから控訴人らに対抗できない旨抗弁するけれども、訴外若尾金造ら三名に対し控訴人ら主張の如き譲渡担保の目的を以てする所有権移転が行われたものとは認め難く、また前認定の約定に基き山梨盲唖学校財産管理人として右三名らの保有した本件土地所有権は右三名の相続人において相続する余地のないものであること前説示のとおりである以上、控訴人らがその主張の如き経緯により本件土地の共有持分権を有するという控訴人らの主張は、爾余の判断をまつまでもなく失当であることが明らかであつて、控訴人らは被控訴人の登記欠を主張し得べき正当な利益を有しないから、右抗弁もまた理由がない。

六、然るに、前記若尾金造ら三名名義の所有権取得登記を登載した登記簿が火災により焼失した後、昭和三〇年九月一日右三名の各家督相続人である訴外若尾徳平、控訴人杉浦健、訴外山本保男の三名が改めて本件土地につき共有名義の所有権保存登記をなし、次いで右徳平及び保男の両名が訴外亡高橋時治郎に対し各持分三分の一宛の移転登記手続をしたこと及び右時治郎は昭和三六年六月二一日死亡したので、妻である控訴人高橋みどり、子である控訴人高橋時夫、同井上時子の三名においてこれを相続したことは、いずれも当事者間に争いなく、本件各控訴人らいずれも被控訴人の本件土地所有権を争うことは本件弁論の全趣旨により明らかである。

七、然らば、控訴人らに対し、本件土地が被控訴人の所有なることの確認及び被控訴人の本件土地所有権取得登記手続に協力すべきことを求めるに帰する被控訴人の本訴請求は、いずれも正当として認容すべきであつて、これと同旨にいでた原判決は相当である。

よつて、本件各控訴はこれを棄却すべきものとし、控訴費用につき民訴九五条、九三条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官菊地庚子三 裁判官川添利起 山田忠治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例